もっと上手に生きられたらよかった

アスペルガー症候群とADHD、双極性障害の医大生が自分を観察するためにブログを書いてみます

本当に単なる戯言

女性が集まったら、まあ当たり前に恋愛の話になるよね。

今日も聞かれた。彼氏欲しくないの?って。

そりゃまぁできるならば欲しいですけど。だからと言って他人にそう言えないのよね。

愛に飢えてますって宣言してるような気になる。

誰かから愛してもらえることを前提にしてる時点で自分が恥ずかしくておこがましくてみじめで辛くなる。

もし友達が同じようなこと言ってたらさ、考えすぎだよ自信持って、って定型文のごとく慰めるんだろうけど。

自分のこととなるとね。本当に価値のない人間に思えて仕方ないんだよな。

 

そんなこんなで思い返してみれば、私は幼い頃からずっと、欲しいものを”欲しい”と言い出せなかった。

欲しいものはほとんど我慢して言い出せずにいたらいつの間にか、もう何もいらなくなっちゃった。

 

異性から抱かれる恋愛感情という”他者からの全肯定”

本当は、本当は、こんなこと誰にも言えないけど、本当は

 

 

欲しくてたまらなかった。

 

 

喉から手が出るほど欲しかった。

 

 

でも自分にはそんな権利も価値もないと思うようになった。

そうしたらもう、愛情なんていらなくなった。

もういらないよ何も。

何もかも欲しくないよ。

 

全部、いらないよ。

 

 

 

もしこの先誰かと恋に落ちて、セックスの最中に”愛してる”なんて言われたら

私の脳みそバグって死ぬんじゃないかな。

 

ご飯を作ってる時に後ろから抱きしめられて”大好き”なんて囁かれたら

私の脳みそバグってそのまま包丁で恋人のこと刺すんじゃないかな。

 

私の脳みそには向けられた愛情を正しく処理できるキャパがきっとないので。

 

 

 

愛について考え始めて泣くようになったらそれは、鬱の始まりのサインです。

 

そう、いつものことです。

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なんとなく躁

先生の言うように、少しずつ躁鬱の波は小さくなってきているのかもしれない。

リストカットもあまりしなくなった。

ちょっと前まで過食衝動がひどかったけれど、昨日あたりから少しずつ食欲が失せ始めた。

今は躁から鬱への移行期間だけど、なんだかすごく緩やかなように思える。

こうやって少しずつ気持ちが安定していくのだろうか。

それともあらゆることに対して諦めがついてしまったのだろうか。

 

学校にはあまり行けてない。家事もきちんとできない。

これが躁鬱のせいなのかADHDのせいなのかわからないけど、きっといつかちゃんと生きられるようになるのかもしれない。薬に頼ることで。

 

もっとちゃんと生きていきたい。毎日思う。

生きていきたいと思えるだけ進歩したんだろう。

全てを放棄して、世界が突然終わることだけを望むのはもうやめないといけない。そうじゃなきゃお金を払って通院している意味がないもの。

多分病気はいい方向に向かってる。そう書き記すことでいつか完全に私は私を騙すことができるんだと思う。

 

 

最近お酒を飲むと体が痛くなる。ビタミン不足らしい。

タバコが美味しく感じない。この箱を吸いきったら禁煙しよう。

 

もしかしたら、しばらくは手首を切らなくてもやり過ごせるかもしれない。

 

そうしたらちゃんと、誰かに心を開いてみたい。

 

今の私に必要なもの

今の私には何が必要なのか。

全然わからない気もする。でもそれと同じくらい、すでによくわかっているとも思う。

 

 

私はどんな風に生きたいのか。

もっと毎日にエネルギーが欲しい。毎日を楽しいと思いながら生きていたい。

 

それとは裏腹に、もう何もしたくない。ずっと寝ていたい。目を覚ましたくない。

 

前者の方がいいに決まってる。でもそれを臨むほどの気力ももう残っていないのかもしれない。そろそろ鬱か。これじゃあラピッドサイクラーだ。

 

早く躁鬱を安定させないと、いつまでたってもストラテラは処方してもらえないぞ〜

 

 

もっと守ってあげたくなる感じの女の子に生まれたかった。

もっとお酒に弱かったらよかった。もっと華奢だったらよかった。もっと、自分の弱さをさらけ出せるだけのしたたかさを持ち合わせていればよかった。

 

誰かに丸ごとさらけ出してそれを受け入れてもらえたら、もっと上手に生きられるのにね。

 

 

ブログのこと忘れてた

結局ブログの更新は続かなかった。ずっと忘れていたし、ふと思い出しても面倒になって更新しなかった。

 

10月初めは躁がひどかった。荒れた。

 

 

そんで最近は鬱になりかけ。

 

 

 

毎日遅刻。

 

 

 

リストカット 喫煙 過食嘔吐

 

 

やっぱりむちゃ食いしたなら吐かなきゃダメね。肌が荒れて荒れてしゃーないわ。まったく。

 

あああ。

 

虚無。

 

 

今日の夜か明日かまたゆっくり書くけど

 

 

私はもう本当に何もいらないよ。

 

 

何かを欲しがるほどの気力がもう一切残っていないよ。虚無なのよ。

 

 

日に日にダメになる

 

リストカットとお酒とドカ食いを止めるために煙草を吸い始めたけど…結局お酒は飲んでしまっている…やめなきゃとは思うんだけど。

 

テスト期間なのに全然ちゃんと勉強していない。これじゃあダメだ。ダメダメだ。

 

 

こんなんじゃダメだよね。わかるよ。

 

 

何も書く気になれないや。明日も試験だし、ちゃんと勉強しないとね。そんだけ。

 

 

お酒をやめよう

憂鬱だ

 

日に日に憂鬱さが増していく。困ったもんだ。

 

 

うつ状態に入るといつも自分がいかに価値のない存在かについて考える。

自分の自尊心の欠如を痛感する。どうすれば自殺に見えない死を演出できるか考える。

どんどん自分が嫌になる、無限ループ、、、、、

 

別に何かストレッサーになりうる出来事が起きたわけでもない。

ただ、この世で一番憎くて大嫌いな自分自身として生きていることが辛くてたまらない。でもさあそれってなんだかんだ一番しんどくない?だって生きてる限り苦痛から逃れられないんだもの。

 

もしかしたら、そういうところが少し病的なのかもしれないと少し思った。

 

 

そしてしばらくするとまた躁になるんだろう。

その時いつも「あれは一時的に疲れていただけだ、私は大丈夫、私を救えるのは私だけ。どんな治療も手助けも私を救えはしない。自力で人生を変えてみせる!!!」とか考え始めて、しばらくして、結局また鬱に戻る。思い返せば毎回これの繰り返しだな。

そろそろ学習してきました。

 

鬱と躁の境目って私、毎回自傷すんのよね。これも最近気づいたこと。

 

 

あと、鬱の時は自転車を漕ぐのがやたら遅くなるのと、きついお酒を飲んでしまう。

あああ〜だめだ〜〜〜〜お酒は控えましょうと言われたはずなのにな。

 

 

 

もう全部がダメダメだよ。誰か私を支えてよ。でもそれってすごく怖い。

愛だの、恋だの

 

愛だの恋だの、それらは私が今一番欲しているもの。

 

異性から抱かれる恋愛感情という名の絶対的な肯定が欲しい。

 

 

さっき友人とご飯を食べながら、恋の話をした。

その子には彼氏がいて、幸せそうで、愛されていて、お互いを必要としていて、心底羨ましいと思った。

誰かを好きになって、仲良くなる過程を経て恋人になる、そんな誰もがしている普通のことを、どうして私はできないんだろう。

もしかしたら恋愛は誰にでもできるものなんかじゃなくて、心に余裕がある人間たちの高等な遊戯なのだろうか。そんな風にさえ思える。

 

自分の恋愛観を人に話そうとすると惨めでたまらなくなる。

 

私は誰にも愛されない人間です。

もし万が一何かの間違いで、好きだと思える人が同じように私に好意を持ってくれたとしても、その人の人生のうちで貴重な若い時間を、私なんかのために消費して欲しくないです。

 

こんな恥ずかしいことが誰に言えましょう。

 

 

私のことを好きになって。

 

そんなおこがましいことどうして言えましょう。

 

 

 

 

 

もうどうしたらいいのか全然わかんないね。

 

 

 

他力本願でごめんなさい。誰か私をドブの底から掬い上げてよ。自分じゃどうしたらいいのか、もう全然わかんないからさ。